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内省・ジャーナリング

コロナ禍のパンデミックジャーナリングプロジェクト:55カ国1800人の音声日記から見えた人類の記録

著者声景編集部·

2020年から2022年にかけて、「パンデミックジャーナリングプロジェクト(PJP)」という記録的な試みが行われました。55カ国、1800人以上の人々が、テキスト・画像・音声を使って日常の記録を残し、約2万7000件のジャーナルエントリーが集積されました。

これは単なる調査データではありません。コロナ禍という歴史的な出来事を、一般市民の「声」で記録しようとした、声の考古学のような試みです。

「普通の人の声」が歴史になる

歴史は通常、権力者や著名人の言葉で語られます。しかし、コロナ禍という経験は、社会のすべての層に同時に降り注いだ出来事でした。その中で「普通に生きている人が何を考え、どう感じていたか」を残すことの意義は大きいです。

PJPは、テキストだけでなく音声でも記録を受け付けました。音声での記録は、文字では伝わりにくい「その日の声のトーン」「言葉の詰まり方」「感情の揺れ」を保存します。何十年後かに聴き返したとき、その声はその時代の空気を伝えてくれるでしょう。

音声日記が持つアーカイブとしての力

音声は感情の温度を保存できる記録媒体です。同じ「大変だった」という言葉でも、声に出された瞬間の状態は、文字情報だけでは再現できません。

PJPのデータは現在、研究機関によって精神的健康や社会的サポートに関する研究に活用されています。個人の日常的な声の記録が、社会的・学術的な資産になり得るという事例は、音声日記の価値を別の角度から示しています。

自分史を声で残すという発想

PJPのような大規模なプロジェクトでなくても、個人が音声日記を続けることは「自分史」の記録になります。何年後かに聴き返したとき、「あの頃の自分はこう話していた」という声の記録は、文章の日記よりも鮮明に当時を思い出させてくれることがあります。

声は成長を記録します。話し方、声のトーン、使う言葉——これらが変化していく記録は、自分がどこから来てどこへ向かっているかを教えてくれる地図のようなものです。

ジャーナリングと社会的つながり

PJPで収集されたデータのうち、興味深いのは「孤独感」と「記録する行為」の関係です。ジャーナリングを続けることで、「自分の体験を誰かに伝えた」という感覚が生まれ、孤独感が和らぐことがあるという観察がありました。

声で記録し、その記録が誰かに届く可能性があるという感覚は、社会とのつながりを感じる細い糸になり得ます。音声日記を「内向きの記録」だけでなく、「外へ向けた声」として位置づけることも、継続の動機になるかもしれません。

声景編集部の見解

声景は「声で内省する」だけでなく、「声で記録する」という行為の価値を大切にしています。PJPのような試みは、個人の声が歴史になるという可能性を教えてくれます。今日録った声が、未来の自分への手紙になる——その感覚を、私たちも届けていきたいと思っています。


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